VRSCDA('08V-RODナイトロッド)
ハーレーダビッドソン唯一の水冷エンジン(1131ccから125ccに排気量をアップ)を積む先進的なデザインのハーレーダビッドソン。今回ABSブレーキシステムを採用し、さらに進化した。なお、VRSCAWのフロントにはプロファイルレースドホイールに変更。VRSCDは、ブラックの5スポークホイールになった点。以上が、08モデルの改訂部分だ。さて、最初の印象からは薄れたが、ナイトロッドエンジンの造型はいつ見ても惚れ惚れするほど、力量間に富む。水冷とはいえそのエンジンフィンの綺麗なこと! だが走ってみて一番に感じることは、後シリンダーからマフラーをいったん前に回すV-ROD特有のデザインにより、乗り手のステップの行き場が微妙に決まらなくなったことだ。高性能エンジンを搭載したバイクを走らせる上での、膝グリップがしっくりしない理由は、ココにあるのでは。それとも、オレの足が短いのか? しかし、乗って、走っての感想はハイテック・ハーレーもなかなかいいものだ、という実感。クラシック・スタイルを標榜する従来のハーレーシリーズとはまったく違ったカテゴリーを創造した、水冷エンジンは、まだこの先、発展する可能性が有るだろう。
FXDX('08ダイナファットボブ)
16インチのホイールをF・Rに履いたマッチョなイメージのカスタム。極太ドラッグバーハンドル。2-into-1-into-2エキゾーシステム。FLスタイルのリアショック。49cmの幅広フォーク。デュアルヘッドがカスタムイメージを強調する。また、エアクリーナーのデザインが変更されよりスポーティーとなった(試乗は10月ごろ)。さて、通常の'08ダイナローライダーに乗ってみるとエンジンはシュウーンと軽く回るし、切り返しは鋭いし、国産の走りを強調するクルーザーと比較しても何の遜色もない走りを披露する。国産からハーレーに乗り換えても何の文化的違和感もないであろう。それほど、走りはスポーティー。
全体にハーレーダビッドソンは、毎年実際に進化している。全くハーレーに興味のない人には「いったい、どこが変わったの?」と言う程度だが、着実にユーザーの希望を叶えるように変更している。事実、今回のツーリングファミリーは5から6ガロンの増量、XL1200Rも17リットルのタンクを採用した。(我々もアメリカのツーリングでガス欠寸前の事態に何度も見舞われた。ついに、予備タンクを携帯せざるをえないまでになった。アメリカでは、ガス欠の恐怖は即、ドライアップを意味する。)また、ABSの採用、タンクの改良と、結構毎年進歩している。格好だけではない進化が着実にあるのだ。この次はホントに、FLHが欲しい!!!
1995年型 ALFA ROMEO 155(2.0)
なぜか、この旧いアルファ155(走行3万5千キロの中古を入手)に毎日乗っている・・・・。
中速コーナーと、高速は結構たのしい。サウンドも良好。ハンドリングもなかなかなものだ。
真夏でも、クーラーはがんがん効く。これは、156にも無かった良い点だ。
しかし、2.0の排気量はツインスパークとはいえ非力。
DTMで勝利した車という栄冠はあるのですが、
5速ミッションのマニュアル、重いクラッチでは東京の渋滞は応える・・・。
左の足の親指と人差し指(足もか?)が日常的に痛い!
靴を履いても、裸足でも、痛い。
うーん、駐車場のエンジンの下部になぜかオイルの後が・・・。
パワステも、回していくとぎしぎし音をたて始めた。
この当時のイタ車の運命か?
CD十連のステレオで古今亭志ん生を大きな音で聞いて紛らす。
今週の書籍
「日本軍のインテリジェンス=小谷 賢」講談社選書メチエ 本体1600円
断っておくが私は軍事オタクでも、好戦家でもないが、これだけ手ひどく負けた第二次世界大戦下に於ける世界と日本の情報戦がどのようなものであったかに興味があった。日本人の特質として見たくないものは、見ないのか? 知りたくないものはものは、知らなくていいのか。
なぜ、負けると分かっていたであろうアメリカと戦ったのか?
結論として、
1,きちんと組織化されていなかった情報部=陸海軍のセクショナリズム
2,情報部の地位の低さ=最も優れた知性が情報部となるのが欧米
3,作戦を重視し、戦略を軽視するやりかたが日本の軍部だった
4,情報集約機関としてのトップ不在
いずれにしても、世界に対して戦争を仕掛けるとき軍部は冷静に多くの情報を収集し、戦略を作成し作戦の実行、不実行を決断できるか?という一点に興味があった。
海外の情報当局も、それなりに自国の状況にこだわった結論を出しているところがおかしい。米海軍では、自国で完成しなかった酸素魚雷は、とうてい日本に有るはずがないと決めつけていた。零戦の性能に対しても初戦はその高性能を理解できなかった。また、日本人に対しては細目と難聴により飛行機の操縦や機銃掃射が出来ない、と結論付けている。
「戦中派虫けら日記=山田風太郎」ちくま文庫 本体1200円
昭和17年に20歳を向かえた作家である筆者は、戦争に関し何を考えたのであろうか。
昭和19年の大晦日までの日記という形体で青春の消失を書いている。
平成19年8月、63回目の敗戦記念日ということで、戦争にまつわる書籍を選択した。
この本の解説で久世光彦は、
「この人は決して幸福ではない20歳だった。それなのに私たちは、今おなじ青空を恋い慕い、同じ忘れ物について悔いている。その時代、絶望と思われたものは、実は大きく温かな希望だったかも知れない。その後のやってきた時代、一見青春のように見えたものは、青空のない長い冬のはじまりだったのではなかろうか。」
と語っている。
それほど、彼らにとっての戦争体験は、強烈であったのであろう。
戦争を知らない私たちの世代は、この世代の人たちのバイタリティには到底勝てない。
強調文大きい文字
ハーレーダビッドソン唯一の水冷エンジン(1131ccから125ccに排気量をアップ)を積む先進的なデザインのハーレーダビッドソン。今回ABSブレーキシステムを採用し、さらに進化した。なお、VRSCAWのフロントにはプロファイルレースドホイールに変更。VRSCDは、ブラックの5スポークホイールになった点。以上が、08モデルの改訂部分だ。さて、最初の印象からは薄れたが、ナイトロッドエンジンの造型はいつ見ても惚れ惚れするほど、力量間に富む。水冷とはいえそのエンジンフィンの綺麗なこと! だが走ってみて一番に感じることは、後シリンダーからマフラーをいったん前に回すV-ROD特有のデザインにより、乗り手のステップの行き場が微妙に決まらなくなったことだ。高性能エンジンを搭載したバイクを走らせる上での、膝グリップがしっくりしない理由は、ココにあるのでは。それとも、オレの足が短いのか? しかし、乗って、走っての感想はハイテック・ハーレーもなかなかいいものだ、という実感。クラシック・スタイルを標榜する従来のハーレーシリーズとはまったく違ったカテゴリーを創造した、水冷エンジンは、まだこの先、発展する可能性が有るだろう。
FXDX('08ダイナファットボブ)
16インチのホイールをF・Rに履いたマッチョなイメージのカスタム。極太ドラッグバーハンドル。2-into-1-into-2エキゾーシステム。FLスタイルのリアショック。49cmの幅広フォーク。デュアルヘッドがカスタムイメージを強調する。また、エアクリーナーのデザインが変更されよりスポーティーとなった(試乗は10月ごろ)。さて、通常の'08ダイナローライダーに乗ってみるとエンジンはシュウーンと軽く回るし、切り返しは鋭いし、国産の走りを強調するクルーザーと比較しても何の遜色もない走りを披露する。国産からハーレーに乗り換えても何の文化的違和感もないであろう。それほど、走りはスポーティー。
全体にハーレーダビッドソンは、毎年実際に進化している。全くハーレーに興味のない人には「いったい、どこが変わったの?」と言う程度だが、着実にユーザーの希望を叶えるように変更している。事実、今回のツーリングファミリーは5から6ガロンの増量、XL1200Rも17リットルのタンクを採用した。(我々もアメリカのツーリングでガス欠寸前の事態に何度も見舞われた。ついに、予備タンクを携帯せざるをえないまでになった。アメリカでは、ガス欠の恐怖は即、ドライアップを意味する。)また、ABSの採用、タンクの改良と、結構毎年進歩している。格好だけではない進化が着実にあるのだ。この次はホントに、FLHが欲しい!!!
1995年型 ALFA ROMEO 155(2.0)
なぜか、この旧いアルファ155(走行3万5千キロの中古を入手)に毎日乗っている・・・・。
中速コーナーと、高速は結構たのしい。サウンドも良好。ハンドリングもなかなかなものだ。
真夏でも、クーラーはがんがん効く。これは、156にも無かった良い点だ。
しかし、2.0の排気量はツインスパークとはいえ非力。
DTMで勝利した車という栄冠はあるのですが、
5速ミッションのマニュアル、重いクラッチでは東京の渋滞は応える・・・。
左の足の親指と人差し指(足もか?)が日常的に痛い!
靴を履いても、裸足でも、痛い。
うーん、駐車場のエンジンの下部になぜかオイルの後が・・・。
パワステも、回していくとぎしぎし音をたて始めた。
この当時のイタ車の運命か?
CD十連のステレオで古今亭志ん生を大きな音で聞いて紛らす。
今週の書籍
「日本軍のインテリジェンス=小谷 賢」講談社選書メチエ 本体1600円
断っておくが私は軍事オタクでも、好戦家でもないが、これだけ手ひどく負けた第二次世界大戦下に於ける世界と日本の情報戦がどのようなものであったかに興味があった。日本人の特質として見たくないものは、見ないのか? 知りたくないものはものは、知らなくていいのか。
なぜ、負けると分かっていたであろうアメリカと戦ったのか?
結論として、
1,きちんと組織化されていなかった情報部=陸海軍のセクショナリズム
2,情報部の地位の低さ=最も優れた知性が情報部となるのが欧米
3,作戦を重視し、戦略を軽視するやりかたが日本の軍部だった
4,情報集約機関としてのトップ不在
いずれにしても、世界に対して戦争を仕掛けるとき軍部は冷静に多くの情報を収集し、戦略を作成し作戦の実行、不実行を決断できるか?という一点に興味があった。
海外の情報当局も、それなりに自国の状況にこだわった結論を出しているところがおかしい。米海軍では、自国で完成しなかった酸素魚雷は、とうてい日本に有るはずがないと決めつけていた。零戦の性能に対しても初戦はその高性能を理解できなかった。また、日本人に対しては細目と難聴により飛行機の操縦や機銃掃射が出来ない、と結論付けている。
「戦中派虫けら日記=山田風太郎」ちくま文庫 本体1200円
昭和17年に20歳を向かえた作家である筆者は、戦争に関し何を考えたのであろうか。
昭和19年の大晦日までの日記という形体で青春の消失を書いている。
平成19年8月、63回目の敗戦記念日ということで、戦争にまつわる書籍を選択した。
この本の解説で久世光彦は、
「この人は決して幸福ではない20歳だった。それなのに私たちは、今おなじ青空を恋い慕い、同じ忘れ物について悔いている。その時代、絶望と思われたものは、実は大きく温かな希望だったかも知れない。その後のやってきた時代、一見青春のように見えたものは、青空のない長い冬のはじまりだったのではなかろうか。」
と語っている。
それほど、彼らにとっての戦争体験は、強烈であったのであろう。
戦争を知らない私たちの世代は、この世代の人たちのバイタリティには到底勝てない。
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